NGO能力強化研修プログラム

2016年2月29日~3月4日、「INEE教育ミニマム・スタンダード・トレーナー養成研修」を米国・ワシントンD.C.にて開催

イベントレポート

Session2: Framework for Education in Emergencies (EiE): INEE Minimum Standards

「なぜ緊急人道支援で教育が必要なのか?」

1日目の第2セッションは「緊急下の教育の枠組み:INEEミニマム・スタンダード(以下、INEE MS)」で、目的は、1)INEEのミッションについての理解を深める、2)INEE MSが定められた背景と内容を理解する、3)INEE MSをその時の状況に応じて適応させることを理解する、と設定されていました。

なぜ緊急人道支援で教育が必要なのか?

まず、INEEが設立された背景と概要についての説明がありました。INEEは、2000年にセネガルの首都ダカールで開催された世界教育フォーラムにおいて、国連、NGO、二国間援助機関、大学などの研究機関の代表者が集まって設立されたネットワーク組織で、現在は世界約170か国に大学やNGOを含む130のパートナー機関と約1万2千人の会員がいます。そのミッションは、「危機的な状況に置かれたすべての人々が質の高い、安全で適切な教育にアクセスできるように促進すること」とされています。

このINEEのリードのもと、52か国の約3,500人の教育支援関係者、実務者、研究者が参加するコンサルテーションを経て、緊急状態における教育支援の基準である、INEE MSが2004年に発表されました(2010年改訂)。このスタンダード設定の根本は、世界人権宣言(1948年)、子どもの権利条約(1989年)、緊急状況下における教育の権利に関する国連決議(2010年)、スフィア・スタンダード(※1)の人道憲章です。ちなみに、日本の緊急援助に従事している関係者の間でスフィア・スタンダードは次第に定着しつつあると思われますが、INEE MSは、スフィア・スタンダードに含まれていません。

緊急の状況下で、人命救助が最優先とされるなか、なぜ、給水や食糧確保のように、人の生命をすぐさま左右するとは考えられない教育の支援が必要なのでしょうか。忘れてはならないことは、教育は人権の一つであることです。つまり、教育があることによって人間の尊厳が守られ、安全に学ぶ場所があってこそ、人間の命も守られる、と考えることができるのです。自然災害や紛争の被災者が安全な場所で学ぶことによって、性的搾取、経済的搾取から守られ、早婚や徴兵などのリスクに晒される恐れが減少することも期待できます。また、教育を通して、命を守るための情報を得ることができ、生き抜くためのスキルを身に付けることも実現します。さらに、人間は災害や紛争を経験することによって大きな心理的負担を強いられますが、学ぶ場が確保され、毎日規則正しいことをすることで心身の安定を感じることができ、また未来への望みを持つこともできるようになるのです。

これらの背景から、2007年、緊急人道支援のクラスター・アプローチ(※2)に教育が加えられました。これによって、クラスターの数は11になりました。
緊急人道支援におけるスタンダードの重要性は、すでに様々なところで述べられていますが、スタンダードがあることによって、支援に従事する者が人間の尊厳という根本精神を忘れることなく、支援において平等性、アカウンタビリティ、調整を確保することが期待されます。

なぜ緊急人道支援で教育が必要なのか?

では緊急支援における教育のスタンダード(INEE MS)とはどのようなものでしょうか。
INEE MSには5つの領域(下図参照)と合計19のスタンダードがあります。5領域は、「根本原則(Foundational Standards)」、「アクセスと学習環境(Access and Learning Environment)」、「教えることと学ぶこと(Teaching and Learning)」、「教員及び教育関係者(Teachers and Other Educational Personnel)」、「教育政策(Education Policy)」をカバーするものです。これら5領域の下に、コミュニティ参加、調整、カリキュラム、教員の能力強化などのスタンダードがあります。

なぜ緊急人道支援で教育が必要なのか?

(出所:「What is the content of the INEE Minimum Standards?」(p.8)、
INEE Minimum Standards Handbook published by INEE in 2010 as 2nd edition)

教育は、人命に関わるものと思われにくいことから緊急支援の対象にならないことが多く、それに加えて、「1つのトイレを利用すべき最大人数は何人か」、「1日に必要な飲料および生活用水は一人当たり何リットルか」というようなストレートなスタンダードを決めることが非常に難しいセクターでもあります。例えば、子ども一人あたりの机の数を規定することにあまり意味がないと思われる状況の多いセクターです。
一方、2008年にはスフィア・プロジェクト(※1)とINEEの代表によってそれぞれのスタンダードが互いに補い合い、姉妹関係にある、という合意書(Companion Agreement)が結ばれ、今は、相互補完的であるという認識が広まっています。

セッションでは、ひとつひとつのスタンダードについて議論する時間は残念ながらありませんでした。その代わり、スタンダードの本の中に書かれていることを抽出したシートが配布され、どの領域のことを説明したものか、また本の何ページに書かれていることかを答えるクイズ式のエクササイズがありました。一部の参加者は、なぜ正確なページを見つけなければならないのかという疑問を感じたようだったので、今後、日本でINEE MSについてのトレーニングを行っていく際、このようなエクササイズの手法には工夫が必要かもしれません。

なぜ緊急人道支援で教育が必要なのか?

INEE MSがどのようなものかを理解した次は、実際にINEE MSを特定の地域や国の緊急状況でどのように適合させることができるかというトピックに移りました。英語ではcontextualizationと呼んでいます。INEE MSをもとに、その国の状況に適合させてスタンダードを開発した例が、すでにアフガニスタン、スリランカ、南スーダンなど13か国あります。

実は、私が個人的に一番関心を持っていたのはこのスタンダードの適合化の方法についてです。例えば、「教えることと学ぶこと(Teaching and Learning)」という領域のなかに、「文化的、社会的、言語的に妥当なカリキュラムが使用され、それは特定の文脈や学習者のニーズに合致したものである」というスタンダードがあります。しかし、そのスタンダードが必ず適用できるわけではありません。なぜなら実際の緊急の現場では、国境を越えて避難した場合、避難先の国のカリキュラムが使用されるべきかどうかという課題や、同じ避難場所に複数の言語グループがあった場合、それぞれの言語で書かれた教科書が入手できるとは限らないといった制約があると予想されるためです。セッションではこのような点を議論する時間が十分にはありませんでした。私自身、緊急支援に従事した経験がないこともあり、今後、特定の国でどのようにスタンダードのcontextualizationが行なわれているのか、より深く理解する必要性を感じました。

塩畑 真里子
(公社)セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(SCJ)

※1)スフィア・スタンダード/スフィア・プロジェクト
人道機関は、国際人道法や人権法、難民法の規定に反映されている、被災者の権利の中でも「尊厳のある生活への権利」「人道援助を受ける権利」「保護と安全への権利」の3つに基づいて、被災者すべてに支援というサービスを提供するとされており、これらの権利を実現するために、人道援助を行うNGOのグループと国際赤十字・赤新月運動によって1997年に開始されたのが「スフィア・プロジェクト」(または「スフィア」)である。冷戦終結後の1990年代、世界各地で内戦が頻発する中、国際機関やNGOが行なう人道支援は、確かな役割を果たす一方で、支援が軍事目的に転用されるなど、紛争の長期化・複雑化に与える悪影響が指摘された。この課題に取り組むため、スフィアでは人道憲章の枠組みに基づき、生命を守るための主要な分野における最低限満たされるべき基準「スフィア・スタンダード」を定めて、「スフィア・ハンドブック」にまとめた。

※2)クラスター・アプローチ
国際人道支援の現場において、分野ごとに得意な団体が連携、形成し、支援の重複やギャップを避けることを目的としたアプローチ。主に食料安全保障、キャンプ調整及び運営、早期復旧、教育、緊急シェルター、緊急通信、保健、輸送、栄養、保護、水と衛生の11分野のクラスターが存在する。

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イベント概要

ジャパン・プラットフォーム(JPF)は、「TOMODACHI NGOリーダーシップ・プログラム」(※)の一環として、「INEE教育ミニマム・スタンダード・トレーナー養成研修」を、来年2月29日~3月4日の日程で米国・ワシントンD.C.にて開催します(共催:米国NGO団体Mercy Corps)。

これは、昨今の世界情勢や緊急人道支援の性質と傾向、また以前よりJPF加盟NGOから寄せられていたトレーニング開催への高い要望を鑑み、JPFが教育分野における国際的なミニマム・スタンダード(INEE)についての学習機会の提供を模索してきた結果によるものです。
本研修参加者は研修終了後、トレーナーとして年度内に日本にて約2日間の研修を実施していただくことになります。よって、緊急教育支援に従事した経験を持ち、かつ日本での普及活動に意欲的な方を対象に開催すべく、研修内容や参加者の応募資格、条件等については鋭意調整中です。詳細決定次第、随時ご案内いたしますが、ご関心のある方は直接下記窓口までお問い合わせください。

INEE教育ミニマム・スタンダードとは:
緊急教育支援の情報ネットワーク(Inter-Agency Network for Education in Emergency : INEE)が策定した緊急時の教育におけるミニマム・スタンダードです。INEEの運営には、UNHCE、UNICEF、UNESCO、USAID、World Vision Internationalなどが入っており、国際的に認知されている基準です。本スタンダードは、ハリケーン・台風・地震・洪水などの「自然災害」と紛争や内戦によって引き起こされた「複合的な緊急情勢」に緊急的に対応するために設計されており、現在170ヶ国で使用されています。

参考:

INEE
http://www.ineesite.org/en/

INEEミニマムスタンダード
http://toolkit.ineesite.org/toolkit/INEEcms/uploads/1012/INEE%20MS%20Japanese_2010.pdf

内閣府HP:緊急時の教育のための最低基準とは
http://www.pko.go.jp/pko_j/organization/researcher/atpkonow/article033.html

※「TOMODACHI NGOリーダーシップ・プログラム」について:
「TOMODACHI NGOリーダーシップ・プログラム」とは、米日カウンシル(US-Japan Council)主導のTOMODACHI イニシアチブ、ならびにJ.P.モルガンの支援を受け、JPFが米国のNGO団体マーシー・コー(Mercy Corps)とのパートナーシップのもとに実施している研修事業です。東日本大震災におけるNGOの支援活動から得られた貴重な経験や教訓を活かし、日本のNPO/NGOが国内外でより効果的な人道支援活動を行うための能力強化を目的としており、2013年4月~2016年3月までの3年間で、人道支援に関するさまざまな研修を計画、実施しています。

研修概要

期間
2016年2月29日(月)~3月4日(金)
※この日程には、出発・帰国日は含まれていませんのでご注意ください。
渡航先
米国・ワシントンD.C.
費用
無料
※米国往復航空運賃(上限あり)、ESTA(渡航認証)申請費用、研修期間の保険料、米国国内宿泊費、日当(注)はJPFが負担します。
注)日当はMercy Corpsの規定額に基づき、米国ドルで支給されます。
定員
日本人10~15名 (外国からの参加者複数名)
※厳正な審査の上、参加者を決定します。
言語
英語

本件に関するジャパン・プラットフォーム(JPF)についてのお問い合わせ先

特定非営利活動法人(認定NPO法人)ジャパン・プラットフォーム

NGO能力強化研修プログラム担当:鈴木、谷口
E-mail:training@japanplatform.org
〒102-0083 東京都千代田区麹町3-6-5 麹町GN安田ビル 4F
TEL:03-6261-4751(事業部直通) 代表:03-6261-4750 FAX:03-6261-4753