国際協力 NGO ジャパン・プラットフォーム(JPF)| Japan Platform

紛争や災害時の緊急・人道支援を行うNGO組織 ジャパン・プラットフォーム

NGO能力強化研修プログラム

事業評価部 三浦 雅子

ヨルダン・ザータリ難民キャンプで加盟NGOであるJENの衛生促進活動を行う
ボランティアの衛生啓発セッションをモニタリング©JPF

国内外の大学や大学院でジェンダーを学び、「自身の生き方で女性がどう活躍するかを示すのも一つの道」という大学院の先生のアドバイスもあり社会人に。バングラデシュで青年海外協力隊に参加し、母子保健プロジェクトに携わった後、静岡での防災・市民活動支援を経て、2016年6月にJPF入職。以来、海外での支援事業の評価や企画に携わる。

◎JPFへの道
難民の希望を未来へつなぐ

ジャパン・プラットフォーム(JPF)は現在、海外で11のプログラムを通して人道支援を展開しています。プログラムというのは、支援を開始したときに立ち上げる大きな枠組みのことで、「スリランカ洪水被災者支援2017」「アフガニスタン帰還難民緊急支援2017」などのプログラムがあります。プログラムに参画すると決めたJPF加盟NGOは、各団体の強みを生かして「教育事業」「食料配布事業」などの支援事業を企画・実施します。

こうした中でJPF事務局の主な役割は、国連や現地アクターなどから得る情報を勘案して支援の必要性を判断し、プログラムの立ち上げを決め、他アクターと連携しながら支援団体への資金提供、調整、事業の評価や分析などを行うことです。例えば今年1月、私は「イラク・シリア人道危機対応」というプログラムが展開されているヨルダンとトルコに行き、加盟NGOが実施する事業を評価・分析しました。食糧分野では、難民キャンプやホストコミュニティで暮らす約300世帯の方々に食生活や収入などをうかがい、国連の指標に基づいたJPFの評価基準をもちいて数値化し、「配付したものが本当に役立ったか」「生活改善につながったか」を検証しています。以前は主に「何人の方に配布した」という成果を見ていましたが、今は「支援を受けた結果どうなったのか」という点も指標とするようになりました。ひ益者(支援を受ける方々)の視点をより重視しています。

難民キャンプというと、とても重くて暗い雰囲気が流れている場所と思う方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、見知らぬ国に着の身着のままで逃げてテントやプレハブでの暮らしが始まるのですから、そんなふうに想像する方もいらっしゃるとは思います。でも、絶望ばかりではないんですよ。例えばJPF加盟NGOはヨルダンのシリア人難民キャンプで、ヨルダン人の教師と難民でもあるシリア人の教師が学校で子どもたちに勉強を教えることをサポートする教育事業を展開しています。、私もたくさんの子どもたちに会ったのですが、みんな学ぶのが楽しくて目をきらきらさせていて、将来の夢を語ってくれる子もいました。そんな姿を見ていると、人道支援は彼らの希望を未来につなぐ仕事なんだと実感します。

JPFで仕事している風景の写真。
青年海外協力隊時代の2012年、保健環境を考える有志の団体とのミーティングで
ソーシャルマップを作成©MASAKO.MIURA

◎私のミッション
研究と現場で汗を流してJPFへ

兄と弟の3人兄弟の中で育った私は、「男」「女」という性別の違いから生まれる様々な環境の差異に幼いころから疑問を感じてきました。「え?それって何?」と違和感を感じることも多々ありました(笑)。傍から見ると「たいしたことではない」と思われるようなことでも、積み重なってくると時には息苦しさを感じることも。高校生になった頃、ジェンダーという概念があることを初めて知り、自分が抱えてきたもどかしさや疑問が学問の対象になっているということに衝撃を覚えました。これまでのもやもやした気持ちになんとか答えを見つけたい、そう思って大学・大学院でジェンダーの観点から社会学を学ぶことにしたんです。自分の関心があることを研究対象にするのはとても楽しく研究者をめざした時期もありましたが、一方で自分はそこまで優秀な研究者にはなれないだろうという悩みもありました。そんな時に救われたのが、尊敬する先生の「ジェンダーを学ぶことは自分の生き方と真剣に向き合うこと。いったん大学の外に出て、あなた自身の生き方で自分が学んできたことを示すのも一つの道」というアドバイス。それで、以前から海外の途上国支援にも興味があった私は、卒業後は青年海外協力隊に参加し、バングラデシュで開発支援に携わりました。
バングラデシュで携わったのは、乳幼児や妊産婦の死亡率を減らす母子保健プロジェクト。いくつもの村を回り、妊婦の所在地の把握、自宅出産で危険な状態になったときにすぐに大きな病院に搬送するための共同基金の運営、妊娠中の通院の啓発などに汗を流す日々でした。

帰国後は、防災意識が高い静岡で、防災のためのコミュニティ作りや地域活性化に取り組む仕事に就きました。でも、海外の仕事に携わりたいという思いが捨てられず、人材を募集していたJPFに応募したんです。企業や外務省と連携しながら、実際に事業を実施しているNGOに助成している立場にあることで、現場の状況を把握しつつ、大きな枠組みの中で支援を行う点に魅力を感じました。

JPFで仕事している風景の写真。
ヨルダン・ザルカで加盟NGOであるNICCOの心理社会的ケア事業に従事する
臨床心理士に聞き取り©JPF

◎これからのこと
「え?何それ?」と感じた気持ちを忘れずに

バングラデシュの村を回って草の根レベルで活動したことは、プロジェクトの一部分としては非常に重要でした。それを基に、さらに全体を見渡し、現場の支援が何につながっているのか、支援の結果がどう変化したのかを知ることが、今の自分に必要な視点であると感じています。

JPFでの事業評価という仕事においては、実施された事業がひ益者にとって有益なものなのか、予定していた成果を出すことができたのかを評価する基準をさらに精査していかなければいけないと考えています。組織的に客観的な評価が実現できるような仕組みを作り、よりよい支援につなげていくことが事業評価部の役目です。

また、JPFは、外務省や企業やNGOをはじめとした多様なアクターが関わっている組織ですから、JPF事務局にいる私たちは様々な方の声に耳を傾けてバランスをとらないといけません。その点では、私たち事業評価も、企業の方や支援してくださる方々ともっと直接お目にかかる機会を持つ努力をしていくべきだと思っています。

バングラデシュにいた頃のことを振り返ると、私自身に出産経験がなかったので、「本当の意味で妊婦さんの気持ちを理解して支援できたのかな」「自分に経験がないことを補う努力は十分だったのかな」と反省することもあるんです。それは今も同じです。私は幸いにも難民や被災者の立場を経験したことはありません。でも、難民や被災者になったことがないからといって、この仕事ができないということではもちろんありません。モニタリングでのインタビューをはじめ、できるだけ生の情報を得る努力を続け、想像力を働かせれば、きっとひ益者の方々に寄り添えると思っています。小さい頃に感じた「え?何それ?」という気持ちとそれがきっかけで学び続けたことを常に忘れずに、これからも支援に携わっていきます。